スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

『ロードス島攻防記』 

『ロードス島攻防記』
著者:塩野七生
発行:1985年新潮社,1991年新潮文庫


概要。
オスマン帝国と、ロードス島を根拠地とする聖ヨハネ騎士団の攻防戦。
攻防戦に加えて、城壁についての説明、聖ヨハネ騎士団の歴史、
16世紀初頭西欧諸国の事情などが詳細に書かれてます。
またロードス島に着任したばかりの騎士、アントニオ・デル・カレットの目を通して、
騎士団の人間模様を描いてます。




以下、内容と読んだ感想。

ヴェネツィアは外交上手っぽい。

主な登場人物。
聖ヨハネ騎士団団長フィリップ・ド・リラダン、
騎士団長の秘書官ジャン・ド・ラ・ヴァレッテ・パリゾン、
騎士ジャンバッティスタ・オルシーニ、建築技師マルティネンゴ、
オスマンのスルタン・スレイマン1世、そしてアントニオ。

ロードス側は騎士600名、傭兵1,500名、ロードス島民で参戦可能な者3,000名。
対するオスマン側は20万人。スレイマン1世が直接指揮。

オスマン側の攻撃は、
大砲と、坑道を掘って城壁を爆破する地雷で、城壁を破壊。
崩れた城壁部分を、数で押せ押せ。全軍で総攻撃。
ヨハネ騎士団側の防衛は、
城壁修理、上ってくるオスマン兵を追い落とす、オスマンが諦めるまで踏ん張るぞ。
しかしスレイマンは諦めず、西欧諸国からの援軍は来ない。
騎士団、ついに降伏。
5ヶ月もよう持ち堪えたなぁ、というのが正直な感想です。
ちなみにオスマン側は44,000人が戦死、戦死者とほぼ同数が病死や事故死だそうな…。

講和に当たって、騎士団の主な構成員がスレイマン1世と会見している。
1522年8月1日から開戦、翌年1月1日をもって騎士団は島外退去。

ロードス島退去後についてもチラッと。


アントニオ視点と、執筆者による説明が頻繁に入れ替わります。
なので史実に基づく描写と小説の境目が判別し難いです。
それが嫌だということではなく、独特な文章構成だなぁと感じます。

塩野七生さんの作品を読むのは『ロードス攻防記』が初めてです。

ついに手を出してしまった…。
読み出したらハマるだろうなぁ、と予想していたので、なんとなく避けてたのですが…。
面白いので他の作品も読もっと!



DOLと関連しての感想。

ライブイベントではロードス島沖海戦と銘打ってましたが、
史実では海戦はしなかったのですね。

そしてイベントには騎士オルシーニが登場してます。
んでよく、

オシリーニ!オシリーニ!
とプレイヤーに呼ばれてるのですが、
あながち的外れな煽りじゃなかったようです…w

[ 2006/10/24 23:11 ] [DOL関連]書籍 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://viaje.blog14.fc2.com/tb.php/313-d51a30e3


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。