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21世紀の聖ヨハネ騎士団 

21世紀に聖ヨハネ騎士団が存続しているらしい。
今更ですが、よろしかろう騎士団の今昔について。


2005年現在
正式名称:エルサレム、ロードス及びマルタの聖ヨハネ病院独立騎士修道会
人口(団員):1万1500人
首都(本部):イタリア・ローマの本部ビル
領土:なし

領土は持っていないが、世界93カ国から国家と認められている。
「医療活動などを行うNGO」として、国際連合にオブザーバーとして参加。
国連や日本は、国家として承認していない。
騎士団員には日本人でもなれる(!)


起源は、十字軍遠征の以前にエルサレム付近に作られたキリスト教巡礼者向けの宿舎兼病院。巡礼ルートの警備もしていた。

1113年、ローマ法王から聖ヨハネ騎士団として公認される。

13世紀末にイスラム教徒によってエルサレムを追い出される。
とりあえずキプロス島へ逃れて病院を運営しながら、
イスラム教徒の船に対する海賊行為を続けていた。
やがて東ローマ帝国からロードス島を奪って占領し、領土にする。
ロードス島を拠点に構えた聖ヨハネ騎士団は、ロードス島騎士団とも呼ばれるようになった。

1522年、オスマン・トルコに攻め込まれる。6ヶ月に及んだ篭城戦の末に降伏。
ロードス島から撤退し、クレタ島やシチリア島を転々とする。

1530年、当時スペインが占領していたマルタ島をカルロス1世から譲り受ける。
新たな根拠地を築いてマルタ騎士団と呼ばれるようになった。

1565年、マルタ島を襲撃してきたトルコ軍を撃退する。

1798年、ナポレオンの軍勢が上陸。戦わずしてマルタ島を明け渡す。

1822年、ベロナ会議で国家としての地位ヨーロッパ主要国から承認された。
マルタなきマルタ騎士団はイタリアからローマの宮殿と本部を与えられ、
ここを拠点として現在も世界各国で病院の運営や医療活動を続けている。

ちなみに「マルタ騎士団」と、マルタ島を領有している「マルタ共和国」は、別モノです。

参考文献:
『国マニア 世界の珍国、奇妙な地域へ!』
著者:吉田一郎
発行年:2005年
発行所:交通新聞社


オスマン不信のままロードス島沖海戦イベントから2ヶ月半経過してますが、
オスマン敵対度が不信のままで、下がりません。
なかなかシブトイな!

[ 2006/09/20 20:17 ] [DOL関連]オフでの大航海 | TB(0) | CM(1)

勉強になりました(*・v・)
[ 2006/09/21 02:19 ] [ 編集 ]

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